毛無羽無

2022/10/3~10/8 12:00~19:00(Last day until 17:00)

Gallery 58 (Tokyo)
希望は羽をまとった姿で……
──ディキンソン
だけどわざと「期待」しなくていい、 「結果」はそこまで楽しみにするものではないはず。
味わいながら過ごせばいい。
芸術創作の過程を正念であるだろうと考えると、最後にできた作品は正念の代謝物として自然に生まれたものだと理解できる。この過程は芸術を対象に考えたり、ある目的を持って追求したりするのではなく、日常の筆記と一体になって、瞑想と修行の記録になる。
自分の行動を意識しているうちに、いつも無意識に自分に多くのルールを作っていることを気付いた。例えば、レンガの歩道を歩いていると、ある形や色のレンガを選んで歩いていて、意識すると、自分がこのような不思議なルールで本来の歩行リズムを乱していることがわかった。しかし面白いことに、私はそれを楽しんでいる。はある自分が制定したルールでコントロールする感覚を見つけた――いわゆる「本来の正常な歩行リズム」は、かえって無意識の混乱であり、主観的な意識に支配されていないものである。
創作にも同じで、無秩序に見える画面の背後には、自分に作ったルールが隠されている。そして、自分にルールを作る過程で、私は何が欲しいのか、もっと重要なのは――何が欲しくないのかを解読することができる。